大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和27年(ラ)14号 決定

一、昭和二十七年三月八日の前記競売事件の競売期日において宮城県本吉郡鹿折町字蔵底、西条伊勢治は抗告人名義の委任状を行使し抗告人の代理人なりとして右競売事件の競売物件につき最高価額金百四万二千円で競買の申出をし、これにつき同月十日の競落期日において競落許可の決定が言渡されたのである。しかし抗告人は当時東京都に出張不在中であつて、西条に対し右競買申出の代理権を与えた事実はない。即ち西条は抗告人の不在中に抗告人の母貝塚はまじを欺罔し、他の目的に行使するように装つて右はまじの認印と現金十万四千二百円を詐取し、同日司法書士栗原潤蔵をして抗告人を委任者とする代理委任状を作成せしめその名下に右の認印を押捺しこれを行使して、競売物件を抗告人名義で競買し金十万四千二百円を保証として同裁判所の執行吏に支払つたのである。従つて西条の右行為は民法第一一三条第一項の無権代理にあたるものであるから、抗告人は西条の右代理権行使を拒絶し、同時に右の競買は法律上の売却条件に牴触してなされたものとしてこれに基く競落許可決定を取消し競落を許さない旨の裁判を求める。

抗告人の主張の要領は以上のとおりである。よつて以下右の点について判断する。

一件記録によれば、本件不動産競売事件は抵当権実行のための競売法による競売申立事件であつて、昭和二十七年三月八日午前九時の本件競売期日において西条伊勢治は、「本件競売事件につき競買申出の権限を西条伊勢治に委任する」旨を記載した抗告人名義の委任状を提出し、抗告人の代理人として最高価額金百四万二千円で競買申出をし、且その際保証として金十万四千二百円を執行吏代理に預けたこと及びこれについて同年三月十日午前九時の競落期日において、抗告人に競落を許可する旨の決定が言渡されたことを認め得る。

元来競売法による競売は国家機関によつて行われる目的物件の換価行為であつて一種の公法上の処分に外ならないものと解するのが相当であるが、その処分が売買の形式によつて行われることも否定し得ないところである。即ち不動産を目的物とする競売にあつては競買の申出が買受の申込にあたり、競落の許可はその承諾にあたるものとみるべきである。ところで代理人によつて競買申出がされた場合にその代理人と称する者が本人に代つて競買申出をする権限をもたなかつたとすれば、それは所謂無権代理行為であつて、本人が追認しない限り本人に対して効力を及ぼさず、従つてその無権代理人の申出でた最高価額競買申出について競落許可決定があつても本人がこれによる権利を取得し義務を負担するものでないことはいうまでもない。即ち右の場合、形式上は本人の名前が競買申出人或は競落人と表示されても、本人において無権代理人の行為を追認しない以上、実質的には本人は競買申出人でもなければ競落人でもなく従つて競落許否の決定に対し利害関係をもつものとはいえない。このことは他人の氏名を冒称して競買申出をし、これにつき競落許可決定がなされても氏名を使われた他人が競買申出人でも競落人でもないと同様である。ただ他人の代理人として競買の申出をした場合には、その者が代理権を証明することができず、且本人の追認を得られないときは民法第百十七条による無権代理人の責任問題を生ずる余地があるものというべきである。

ところで本件において抗告人の代理人なりとして競買申出をした西条伊勢治が右の代理権をもつていたとすれば、本件抗告の理由のないことは勿論であるが、もし抗告人の主張するように、同人に右の代理権がなかつたものであり、しかも抗告人において追認を拒否したとすれば、西条が抗告人の代理人なりとしてした前記競買申出及びこれに対してなされた本件競落許可決定は抗告人に対して毫もその効力を及ぼすものではなく、従つて前段説明のように抗告人は実質上競買申出人でもなければ競落人でもないものといわざるを得ないからして、本件競落許可決定に対しては、実質上何の利害関係をも有しないものというべきである。

尤も西条が本件競買申出に際し、保証として競買申出価額の十分の一に当る金十万四千二百円を競売に当つた執行吏代理に預けたことは前記のとおりであるが、同人に競買申出の代理権がなく、且抗告人において西条の行為を追認しない以上、右保証金の供与も抗告人に何等の効力を及ぼすものではなく、右保証金は西条伊勢治の無権代理人としての責任との関連において始末さるべきである。このことは抗告人の主張するように西条が抗告人の母貝塚はまじから詐取した金員を以て保証金にあてたものであるにしてもその結論を異にするものではない。けだし右保証金の出所がどうであろうとも抗告人の代理人なりとして保証の供与だけが抗告人に効力を及ぼすものとすることはできないからである。もし抗告人のいうように西条が右保証に供した金員を抗告人の母から詐取したものとすれば、被害者から西条に対しこれが返還もしくは賠償を求め得るであろうけれども、それはあくまで被害者と西条との関係において処理さるべき事柄であつて、保証金の供与を受けた側に対して直接返還を求め得る筋合ではない。

これを要するに仮に抗告人の主張するとおり西条の競買申出が無権代理行為であり抗告人においてその追認を拒絶したとすれば、本件競落許可決定は抗告人に対し何等効力を及ぼすものでなく、従つて抗告人においてこれが取消を求める実益を有しないものといわざるを得ないから、いずれにしても本件抗告は理由がないものというべきである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!